種の会からのお知らせ

週刊メッセージ“ユナタンDX-6”37

ユナタンDX-6〕 №37

保育の中の安全・安心…

平成30年1月16日 片山喜章(理事長)

 新年早々の事でした。玄関の扉を開けると「発表会」に備えて舞台が出されていました。
毎年の光景です。しかしよく見ると舞台の端から端まで細いロープが張られてあり、所々に「入らないでね」のポップがぶら下がっていました。まあまあよくある注意喚起の目印です。

フロアと舞台の段差は40cm。キケンと言えば危険ですし、園生活の環境の一部だから禁止するほどではないと言われればそう思います。しかし毎夕、お迎えの保護者同士がフロアで立ち話をされているその周囲を子どもたちは、はしゃぎまわり舞台に上がっては降り、また上がる、その時間、そんな光景が頻繁に見られます。たまに転んで痛い目に遭う子もいるようです。

そんな事情があって、園として夕方から翌朝にかけて「立入禁止」の措置を講じたとのことでした。当然でしょうね。お迎えの時「早く帰ろう」と促しても言う事を聞かない子もいますから舞台に上がれないようにロープを張ってもらう方が助かると思う保護者の方がいるかもしれません。けれども、久々に園の玄関の扉を開けたとたん飛び込んできたその光景に強い違和感を抱いてしまいました。日中、舞台はそのままで劇や合奏のお稽古をしたりサーキットの時間は昇り降りしたり、昼食時はこの舞台のうえでもランチをします。なのに、なぜっ。

すごく気になったのですぐに管理職やそこにいたセンセイたちに理由を尋ねました。
「このじいさん、新年早々、ナニ、ゴテとーねん」と言いたげな真冬の視線を感じながら、安全対策というよりむしろ保育の話をしました。「“立入り禁止”にするのはダメでしょ」と、トップダウンする話でもないので、お昼の時間も、職員室で語り合いました。保育者が少なくなる夕方と朝の時間帯に限ってのことですから理解できます。日本全国、津々浦々、同じように考えて、同じような対策を講じる園が圧倒的多数であることも承知しています。

毎年この時期、よく慣れ親しんでいる舞台ですが、危険性をより確実に除くために今年からロープで遮ることを思いつくなら、来年は、壁際に連なる三段重ねの椅子の周りにも、さらに隅っこに立て掛けているテーブルにも、上ると危ないから囲いを作ったほうがよいと考えて、実行する気がします。その無自覚な思考の行き先には、危なそうなモノは何でも無くしてしまうことで安心する現代日本の社会観が見え隠れしていると言えます。日本中、何か事が在れば、すぐに取り除くことを検討し実施する判断に至っています。その風潮こそ閉塞感の元凶です。誰が、何が、息苦しい世の中にさせるのでしょう。みなさんはどのように考えますか。
私たちは、年々、無自覚に“子どもの安全”というよりも“自分自身の安全=保身”の側に身を置き、判断し行動するようになりました。それを是とする世論も強くなりました。
“安全”“安心”が口癖になれば社会全体は委縮します。子どもがケガをした経緯や原因、ケガの程度そしてその子が成長するうえで経験する必要性や学習した中身を吟味し洞察する営みは軽視され、即、管理責任、謝罪、賠償と誰もが考えるようになってしまいました。

一昨年、お餅つき大会で重篤ではない食中毒が発生したとき(そんなことはあることです)、「餅つきはOKだけど子どもが食べるのは市販のお餅」とある自治体の保育課長は声高らかに通達しました。従順な保育関係者は返す言葉もなく市販の餅を買いました…。
これが日本社会の現状です(欧州は違います!)。しかし、そのような考え方の延長線上に欧州の人たちが言う「アブナイ物を排除する世界一危ない日本の公園」があります。公園からシーソーさえもどんどんなくなってきました。リスク回避という名の下に存在そのものをなくしてしまいます。「リスクを減らすために創意で改良しよう」と発言しても声は届きません。

このような事象は世の中が進歩したからなのか退行なのか、とにかく窮屈になってきたことだけは確かです。ほんとうに子どもの将来を見据えて大人が果たすべきことは何でしょう。
危なそうなものは何でも取り除こうとする短絡思考を抜け出して子どもの成長にとって必要な学習経験であるかないか、そこを考えてほしいものです。危なそうな物が持つ魅力と扱い方を学習する機会を奪わないことです。ギャンブル然り、ゴルフ然り、ハザードのない人生は面白くないという生来の“人間らしさ”や処世観に立ち還りたいです。

日常生活で、1番危険なものといえば、自動車だと思います。死者の数は私の子ども時代に比べて半数以下になりましたが、それでも年間4000人台です。事故の件数や負傷者の数は何万という数字です。しかし誰も自動車を取り除こうとは言わないし考えてもみません。自動車事故に遭うリスクはとても大きいです。リスク回避のためにシートベルト、エアバックが開発され、自動運転の技術もリスク減らしの賜物です。アクシデントに出逢っても大事に至らないように工夫する日々の暮らしの生活で、より良い保育の中身についても考えたいですね。

唐突ですが「安全/安心」は人権尊重や多様性の課題と隣接しているとイメージしています。欧州の園庭では砂場ならぬ石場を設けて危険回避力を育もうとします。子どもの人権を尊重するから自分自身で危険を回避してほしいと願って経験させます。同時に欧州各地にはどの園にも移民や難民の子がたくさんいます。一見、危なそうなものを取り除こうとする日本人の知性は、見知らぬ人は排除しようとする思考につながるのではないかと案じています。