種の会からのお知らせ

週刊メッセージ“ユナタン”28(みやざき)

ユナタン:28≫ in みやざき保育園

 サラリーマン(?)ごっこ

平成28年12月15日  理事長 片山喜章

昨今、子どもたちの“ごっこ遊び”を見聞きしていると、時代の変化が映し出されて、面白く感じることがあります。例えば携帯電話が普及しだした頃は、小箱を片手に握りしめ、耳元にあてて、1人で話し込んで、時には頷いている姿も見られました。そして今は、スマホです。少し大きな平らな素材を片手に持って、睨みつけながら、もう片方の手で人差し指をしゃ~しゃ~と動かして検索気分に浸っています。この園で“ごっこ遊び”が深まる背景には、朝夕のコーナーと毎週火曜日のコーナーの日の活動が大きく影響していると思われます。私はコーナーの日を≪スーパーチューズデイ≫と名付けています。なかでも“ごっこ遊びコーナー”は、制作コーナーとリンクして、とても充実しています。深みがあります。保育園関係の見学者は感嘆し、驚愕します。

以前、私が事務室で他の先生たちと大事な話をしていると、ねじり鉢巻き姿の“お店の人”が、“おしながき”と“注文票”を持ってやって来ました。あれやこれやと本気で注文すると、まちがいなくその品物を届けてくれました。大事な話は中断です。お客さんになる方が大事ですから。

ある夕方のことでした。5歳児りんご組の男の子が数名、腕を組んだり、腰に手を当てたり、大人モードで話をしていました。近くに居た担任も、何となく仲間入りさせてもらいました。「おれは部長!」「ぼくは課長になる!」と言っていたので、担任は「社長はいないの?」と尋ねると「社長は1人の部屋でお仕事しないといけないから嫌だ~!」といって、誰もなりたがりませんでした。子どもたちのこの想い、本気なのか、わきまえているのか、それとも現在のサラリーマン気質を反映した台詞なのか、それは定かではありません‥‥。

(サラリーマンごっこと名付けているようです) サラリーマンごっこが始まると、子どもたちはお互いのことを「○○さん」と苗字に「さん」を付けて呼び合います。そして会話は敬語です。

「今日は夜中の2時まで仕事をしていかないとダメなんですよ~」とYくんが言い、面白いことを言うなーと思った担任は「家で奥さん待っているのにいいんですか?」と突っ込んで尋ねてみると「いいえ、ぼく、一人暮らしなんで!」と返ってきます(そうだったんだ~と担任は納得)。

それを聞いていた他の子たちは、すかさず「うちには息子がいますよ」「うちにもいます」と次々に“家庭”の話し始めたのです。「息子さんはおいくつですか?」と担任が尋ねると、「うちは3歳です」「うちは6歳!」「うちには息子と犬がいるんですよ」と会話が広がります。だれも笑ったり茶化したりしません。真剣です。もしも、“ごっこ”に興じる子どもたちのほんとうの“ご家庭の情報(事情)”が、リアルに現れ出たら、どうしよう!? はらはら、どきどき、そして、わくわくの担任でした。

すると突然、Tくんが「じゃあ今日はこのあと飲みに行きましょうよ~」とみんなを誘うと「いいですね~」「行きましょう」「そうしましょう」とみんなで飲みに行くことになりました。飲み屋さんって、どこだろう? と自分も飲みに行きたくなった担任は、いっしょに連れていってもらうことにしました。

辿り着いたのは「科学コーナー」でした。「科学コーナー」のテーブルを囲んでみんなが座り、「ビール1つ!」「私も!」。そして「やきとりをください!」「ぼくはつくねをください!」「ぼくは皮!」と次々に注文しました。ここは、焼き鳥屋だったのです。けれども、店員さんはいません。

が、「かんぱーい!お疲れさまでしたー!」と発声があがり、飲み会が始まりました。飲み会が終わるころには、Tくんが「今日は“わたし”がごちそうしますね!」と言い、Sくんが「では次は“わたし”がごちそうしますね!」という会話があり、帰っていき、また次の日、この“ごっこ遊び”は出社するところから繰り返されていました。

お父さんといっしょに飲み会に行ったことがあるのか、ドラマの影響なのか、子どもたちはよ~く知っています。サラリーマンごっこに参加した担任は、子どもたちの姿に感心し、そして、いっしょに楽しんでしまいました。この遊びがすすんでいくと、男の子たちみんなが自分のことを「わたし」「わたし」と呼んでいることに担任は面白くて吹き出しそうになりましたが、同時にこのようなやり取りが長く続いていくことに不思議さを感じざるを得ませんでした。子どもたちは、私たちが思っている以上に大人の言動をよく見聞きしています。このエピソードがスゴイところは、それを友達と共に再現しようとし、実際、マジにドラマのように演じ切るこの子どもたちの姿です。これこそ、真の幼児教育の成果である、と大袈裟ではなくて、心底から私は感じ取ることができます。

いま、国は大規模な教育改革を進めようとしています。けれども、核心的なところがおかしいです。乳幼児期の教育・保育はとても大切であるという文言は、あちこちで耳にしますが、保育園や幼稚園の教育が小学校教育の下請けという発想が為政者の頭の中にも多くの大人たちの胸の内にも存在することが残念です。このような豊かな遊びや協同性のある活動を通して、読み書きや計算の術を学ぶことは同時に、ポジティブに生きている経験でもあるのです。

この保育園で繰り広げられているコーナーでの遊び、特にごっこ遊びにおいては、「見立てる力」から「成り切る力」に発達している事が伺えます。彼らは、サラリーマンごっこを楽しみながら、同時にそれが途絶えないように頭(知力)を使います。そして、それが知的な発達を促していると私は捉えています。絵本やお話を読んでもらってイメージを豊かにする日常、家庭やテレビの影響を受けたことを再現する活動、これらは、コーナーで自分の好きな遊びを選んで、没頭する経験とあいまって、教育・保育の根幹を成すとご理解いただきたいと願います。今回のサラリーマンごっこは、あらためて日頃の保育の賜物だと思いました。   【エピソード提供:川崎かおり】