種の会からのお知らせ

週刊メッセージ“ユナタン”28(なかはら)

≪ユナタン:28≫ at なかはらこども園

~ 太郎は名指揮者 ~

平成28年12月27日 理事長 片山喜章

ご承知のように、「フリーデー」と称するコーナー・ゾーン型の保育(行事の時期をのぞいて水曜日に開催)での太郎(仮名)の姿です。太郎は3歳児ばんび組で兄が2人いる末っ子です。とても活発ですが、少々、甘えん坊な面もあります。そんな太郎にとって「フリーデー」は今では大きな楽しみの1つになっています。けれども「フリーデー」を始めた頃は、自分の遊び場所をなかなか選べずに、うろうろする姿が毎回のように見られました。

「フリーデー」といっても、「遊び場ボード」に自分が選んだコーナーの名前が書かれたスペースにマグネットになった自分の写真を貼ります。自分の居場所がみんなにわかるようにし、また、そのコーナーに誰がいるか、子どもたちどうしで分かり合える仕組みです。遊戯室に設けた「積み木コーナー」の遊びをやめて「科学のコーナー」に移動したくなったなら、この「遊び場ボード」に立ち寄って、マグネットになった自分の写真を「科学コーナー」のスペースに移し替える作業が必要です。それが基本のルールです。太郎はその作業をしないままいろいろなコーナーを転々と歩きまわることが続きましたが、運動会が終わった頃から、ようやく好きな場所を選んでその場で遊ぶようになりました。写真を移動させるルールも理解できるようになりました。

12月9日(金)のことです。この日は法人全体で取り組んでいる保育環境評価を受けるので、「フリーデー」になりました。法人以外の先生方も評価者としてたくさん来られました。
その朝、太郎は泣きながら登園しました。母と離れる際、大泣きし担任に抱っこされたままでした。私(片山)はそんな太郎に近寄って巧みに泣きまねをしました。これは私の秘策です。
いろんな園に行って、泣いている2~3歳の子どもの前では、(知らないお爺さんですから)慰めるのではなくて、巧みに泣き姿を見せて、その子の顔を覗き込んでは顔を背けて、見ないで!って素振りを演じます。80%以上の成功率で泣き止みます。「なんじゃ、このジーさん、なんで泣いているんだ?」と不思議な世界に引きずり込むことで、泣き止んでしまうのです。

太郎は泣き止んで、しばらく、担任とままごとコーナーで遊んでいました。私も評価者の1人ですから「絵本コーナー」から「積み木コーナー」まで巡回しました。評価者たちが一様に驚いたのは、どの子もどの子も充実して遊び込めている姿です。「積み木コーナー」では約2時間、ずっと、ロケット公園の写真を見ながら積み木で再現したり、色付きの紙を積み木で囲んで大きな池を作ったり、単純な積み木遊びを越えたイメージの世界が広がっていました。
11時頃、5歳児ぞう組の部屋の方から、ピアノと楽器の音が聞こえてきます。時間限定で、いろんな曲をいろんな楽器でリズム打ちができる「楽器コーナー」がオープンしたのです。
無口なY田先生(推測に任せます)が、ピアノの腕前を発揮しています。ここでもルールがあるようで、1曲終わるたびに、楽器を交換したり、順番待ちしていた子どもと代わったりします。みんなルールをしっかり守っています(こういう姿もコーナー・ゾーンの特徴)。私は他のコーナーを巡って、再び「楽器コーナー」を覗いてみると、そこには、あの太郎の姿がありました。

太郎は、きれいに並べられた楽器を見て、目を輝かせて太鼓に興味を持ちました。
人気の太鼓は順番待ちが必要です。しばらく自分の順番が来るのを待っていた太郎は待ちきれず、順番をぬかそうとします。すると、5歳児ぞう組の子が厳しい表情で一言。
「ぬかしたらあかんで、じゅんばんやで」 太郎はその子の怖い顔つきをまじまじと見つめ、そして、すぐに列の後ろに戻り、自分の順番をしっかり待つことができました。もしも、先生が諭していたなら、駄々をこね、ふくれっ面をしていたかもしれません。順番を守った太郎は、打って変わって誇らしげに太鼓を叩きました。そして“お約束”を守って、次の子に代わりました。

次に、ウッドブロックの列に並んだ太郎は、これから演奏しようとする5歳児の2人の女児のところへ行きました。「こうやで!」と左右2ヶ所を交互に叩くのだ、とウッドブロックの叩き方をかなりシツコク伝えました。1人は「太郎君、知ってるし!」とムッとする気持ちを吐き出し、もう1人は「ありがとう、太郎君」と返しました。
どちらも太郎にとっては貴重な経験です。
その後、楽器を囲んだ中心に指揮者がいることを発見した太郎は、すぐに指揮者の列に並びました。速くやりたい気持ちを抑えきれない様子でしたが、前の2人が終わるのをじっと待つことができました。自分の番がくると太郎は髪を振りみだし、全身を使って指揮棒を振ります。
まさに指揮者気取りです。1曲が終わると“お約束”を受け入れ、その時、太郎は華麗な指揮さばきをして、すっきりした気分ですぐに次の友達にバトンタッチしました。“楽しいから自己抑制できる”“ルールがあるから自己抑制できる”“先生ではなく年上の仲間から言われるから自己抑制できる”。あらためて「フリーデー」が太郎の成長を支えていると感じました。

そして、振り返りの時間。クラスのサークルタイムでは、じっと座っていることが難しい時がある太郎が、この日、Y田先生のそばで自主的にお手伝いをしました。Y田先生が、それぞれの楽器について話をしていると、先生が言った楽器をすぐに取りに行き「はい、これ!」とさっと手渡します。サークルタイムの中心的存在になった太郎は、この日「楽器コーナー」の中で、揺れ動く様々な自分の感情を見事にコントロールできた喜びであふれていたでしょう。きっと数々の楽器を束ね終えたオーケストラの指揮者のように。【資料提供:横田英一】